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第02-2話 狂犬でも飼い犬

Author: 百舌巌
last update Last Updated: 2025-02-03 10:29:50

「気になったので付近の防犯カメラを調べたのですが、被害者は駅前で飲んだ後で一人で帰宅しているんです」

 作家の事件当日の足取りは、独りで駅前の立ち飲み屋で飲んだ後、東京と神奈川の県境にかかる橋に向かっている。その様子を防犯カメラが写していた。しこたま飲んだらしく千鳥足であったのも確認済みだ。

「鑑識が橋を調べたり、遺体を調べたりしましたが争った形跡が何処にも無かったので事故であろうと……」

 橋から転落する様子は写ってはいない。だが、橋の欄干付近に嘔吐物があり、酩酊の末に橋から落下して死亡した物と結論付けたのだった。

「そうですか……」

 そんな報告を聞き流しながら、先島はチョウの携帯番号を眺めていた。

「コイツは北安共和国の工作員でしてね……」

 先島は担当刑事にそう告げた。担当刑事も静かに頷いた。

「ええ、ひょっとしたら事故に見せかけて殺した……という線もあるかもと疑ったのですが、事故として片付けられてしまったので」

 作家の水死と工作員の関連性は不明だ。だが、偶然など信じない先島はチョウの足取りを追う事にした。

「今度こそ尻尾を掴んで見せる……」

 かつて苦い思いをチョウにさせられた先島はそう呟いた。

 先島はチョウの確保まであと一歩と言う所まで追い詰めた事が有る。

 その時は覚せい剤の取引現場を抑える予定で乗り込んだ。しかし、警察上層部の裏切り者の密告によりチョウを取り逃がした。そして、現場では罠に嵌められた同僚や部下を失ってしまっているのだ。

 余りの怒りに我を忘れた先島は、署内の会議室で裏切り者と対峙した際に相手を射殺してしまった。

 その事を咎められた先島は警察に留置されたが、警察内部の手酷い汚点の発覚を恐れた上層部が事件をもみ消した。

 釈放された先島は公安警察を追い払われて、国家保安室と言う実態も曖昧な組織に移動させられた。つまり、国家の監視下に置かれているのだ。

 先島は捜査の途中で家族を交通事故で失っている。失う者が無い先島にとって、警察や国家の思惑などどうでも良い事だ。

 何しろ国家の暗闇を熟知している先島は爆弾のような物だ。自由にさせると何をしでかすか分からない。警察の上層部は身分を刑事のままにして首輪を嵌めらる事にしたのだ。

(狂犬でも飼い犬のままの方が使い勝手が良いのか……)

 それでも先島は公安を離れる気は無かった。同僚や部下の敵を取りたかったからだった。

「手帳を預かって行ってもよろしいですか?」

 先島は手帳を手に持ったまま尋ねた。他にも手掛かりがあるかもしれないと考えたのだ。

「はい、どうぞ。 ご遺族からは関わり合いになりたくないと、引き取りを拒否してきましたからね」

 そう言うと担当者は他に取り出した雑多な小物を鞄に詰め始めた。

「えらい嫌われようだな……」

 先島は苦笑した。担当者も釣られて笑っていた。

「生前は色々とやらかしていたみたいですよ…… この大作家先生は……」

 担当者は笑いながら快諾していた。

「この遺体はどうなるんですか?」

 ふと、気になって聞いてみた。

「葬儀会社の方が適当に処分するようです」

 なんでも、行政に迷惑はかけたくないとして、火葬費用は負担するが埋葬などはやらないのだそうだ。適当と言っても葬儀会社が契約している共同墓地に入れてしまうだけの話だ。

「へぇ、珍しいですね……」

 孤独死などして身寄りが判明しない時には、行政などが負担して荼毘にして共同墓地に埋葬するケースが多いと聞いた事が有る。

「そうでも無いですよ。 特に借金などを苦にしての自殺などの遺体は引き取り拒否が多いですね」

 余計な面倒を抱え込みたくないのだろう。特に借金関係は法的に面倒な手続きをしなければならないので一番嫌われる原因だ。

 人生の最後まで寂しい人なのだなと先島は思った。

「それにしても、こんな問題ある人物がよく日本に潜り込めますよね?」

 担当者は話題を変えたいのか、書類に何やら記入しながら訊ねて来た。人物とはチョウの事だ。

「ええ、奴らの国には偽装の専門機関もあるからね……」

 何しろ個人を特定する情報を、国家がすりかえてしまうのだ。簡単に他人に成りすます事が出来る。日本に潜入できたのもそういう伝手が働いているのだろう。

(電話を監視されているのを解ってるはずだろうに何故持っているんだ?)

 チョウの不思議な行動に、先島は新しい事件の匂いを感じていた。

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     クーカは手近な樹に向かって手を伸ばした。 指先を何枚かの葉が滑っていく。 やがてガシッとした手ごたえがあった。枝を捕まえる事に成功したのだ。しかし、クーカの身体と落下速度を支える事が出来ない枝は直ぐに折れてしまった。 でも、クーカの身体を樹木の傍に引き寄せる手掛かりにはなった。クーカは何本かの枝の間を転げる様に落下していく。「うぐっ!」 一番下と思われる枝に腹をしたたかに打ち付けたクーカが呻き声を上げてしまった。彼女とて痛みは感じるのだ。「ぐはっ」 枝から地面に落ちたクーカは、肺の空気を全て吐き出してしまったかのような声が出てしまった。(は、早く…… 工場の敷地から脱出しないと拘束されてしまう……) 彼女は朦朧とした意識の中、脱出の事だけに専念した。クーカは痛みを無視する事が出来る様に訓練は受けている。痛みも彼女にとっては雑念の一種なのだ。すぐに立ち上がって周りを見渡し用水路を目指した。ヨハンセンが待機していると言っていたからだ。(ここからなら、拾い上げポイントまでたどり着ける……) クーカは工場のすぐそばを流れる用水路に飛び込んでいった。先島の事もチラリとよぎったが、まずは自分の安全が優先だと判断したのであった。 工場が吹き飛び爆炎を上げるのを鹿目は虚ろな目で見ていた。色々と画策したが何一つ手に入ることが出来なかったのだ。(どこで、間違ったのだ?) 挫折を知らない鹿目は戸惑っていた。彼の間違いはクーカを歯車の一つとして扱ってしまった事なのだろう。「ふっ、これでも私は日本を思っての行動だったのだがね……」 鹿目はぽつりと漏らした。傍には室長と藤井が控えている。藤井は鹿目との接触を全て室長に報告していたらしい。「人間のクローン技術は、今後の日本が強くなっていく為には必要な物なんだよ……」「……」 隣に

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     鹿目の工場。 目的の物を手に入れたクーカは台座の隠し扉から出て来た。もはや室内には物言わぬ骸しかいない。辺りを見回して少しだけため息を付いた。自分が入って来たエレベーターの出入り口に向かっていった。(応援が降りて来ているかも……) ひょっとしたらと身構えながら覗き込んでみる。しかし、誰もエレベーターシャフトには居なかった。急に応答が途絶したので対応が分からないのであろう。 クーカがシャフトを見上げると、自分が入って来た入り口は机のような物で塞がれてしまっている。エレベーターの箱は四階と五階の間で停止しているらしかった。(二階…… いいや、三階だったら待ち伏せされる可能性が薄いはず……) 自分が入って来た壁が塞がれているという事は、そこで待ち伏せされているに違いないと踏んでいた。自分でもそうするからだ。 安全に表に出る為には彼らの裏をかかないといけない。別段、殲滅しても構わないのだが、厄介な荷物を背負っているので避けたいところだ。(そこでジッとしててね……) 一階の塞がれた穴に向かって、そう心の中で呟くと一気に跳躍した。 クーカはエレベーターシャフトの中を、ジグザグに跳躍しながら登っていく。彼女の持っている身体能力の御陰だ。「んっ!」 三階のエレベーター口に辿り着いたクーカは、扉をこじ開けて中に入って行った。 すると『ズズンッ』とビルが振動するのが分かった。研究所の爆発が始まったみたいだ。小規模な爆発の連鎖で建物の構造を弱くしてから一気に破壊する。爆破解体と呼ばれる手法だ。(その後で焼夷爆弾で完全に燃やしてしまうと……) 外国のウィルス専門の研究機関では、燃焼温度が三千度にもなるテルミット反応爆薬が使われる。ここもそうしているに違いないと確信していた。証拠をもみ消すには完全に消滅させる必要があるのだろう。「……」 少し急ぐ必要性を感じていた

  • NAMED QUCA ~死神が愛した娘   第38-2話 Q細胞

    「?」 クーカが小首を傾げる。「特殊なキーが必要なのさ……」 大関の額から汗が垂れ始めた。「どうせ、貴方の網膜認証と指紋なんでしょ?」 クーカが目を指差しながら聞いた。ありふれた防犯装置だからだ。「ああ、生憎と怪我で動けなくなってしまったね……」 大関はそう言ってニヤリと笑った。その足元には血溜まりが出来始めている。銃撃戦での流れ弾に当たったのだ。「じゃあ、本人が生きている必要があるの?」 彼女は大関にグッと顔を近づけて言い放った。「現物を持っていけば良いだけなんじゃない?」 以前にも似たような装置を突破した事があるのだ。今回も同じ方法を取るつもりらしい。「え?」 大関は咄嗟にクーカが言った事が理解出来なかった。自分の命に価値があるとでも勘違いしていたのであろう。「まて、わしが死ぬと……」 大関がそこまで言いかけたがクーカは迷わず引き金を引いた。一発の鈍い音と引き換えに大関は首を垂れてしまった。「安全装置が働いて工場が自爆と言った所かしら……」 それは想定内だ。クーカは腰から小型のナイフを取り出した。これからの作業にククリナイフでは大きすぎるのだ。 仏像の台座に入り口があった。指紋と網膜の認証のようだ。クーカは大関から取り出した指と眼球を使って扉を開けた。 そこには階段があってもう一階分下がるようだ。降りていくと机と研究設備が並ぶ空間があった。しかし、そこは放棄されたかのように無人だった。研究者たちは予め逃がされていたのであろう。 無機質な空間が煌々と明かりで照らされている。 その中をクーカは銃を構えたままゆっくりと進んでいく。警備員がいる可能性はあるが配置されている可能性は少ないと考えている。「んがっ!」 不意に足元が崩れた感覚に襲われ膝を突いた。目の前の空間がいきなり曲がりくねった

  • NAMED QUCA ~死神が愛した娘   第38-1話 通った跡

     地下一階。 全員が銃を構えたままエレベーターを見つめている。不意に開いた扉から何かが室内に放り込まれてきた。「手榴弾っ!」 誰かが叫んだが投げ込まれた物は、床に落ちる音と同時に炸裂した。強烈な音と閃光がホール内に充満した。「くそっ! スタングレネードかっ!」 警備隊長が自分の目を手で覆い隠しながら唸るように喋った。「撃てっ!」 だが、その掛け声よりも早く、ホール内に侵入を果たした者がいた。全員が目を離したので気が付くのが遅れたようだ。「ぐあっ!」 クーカは飛び込んで最初の男の首にナイフを突き立てた。そのままの体勢で隣に居た男の首を跳ね、返す刀で三人目の腹を切り裂いた。ナイフを使ったのは自分の存在を悟られるのを遅らせる為だ。(手前の右側に三人。 左側に二人。 左奥に二人。 右側奥に三人。 大関は一番奥の台座……) 彼女は右側の三人を始末している隙に、地下に居る人員の配置を見ていた。 男たちはいきなりの目くらましに気が動転しているのか銃を入り口に向けたままだ。次のターゲットはこの二人。その前に左奥の二人の内モニターを監視していた男にはナイフを投げ込んでやった。ナイフは男の首に刺さったが、傍に居たもう一人は咄嗟にしゃがみ込まれてしまった。牽制はとりあえずは成功だ。 クーカは腰から銃を取り出し、左手前の二人に銃弾を送り込んでいく。二人は横合いから来る銃弾に反応できずに、何が何だか分からない内に絶命してしまった。 ここまで掛かった時間は一分も無い。しかし、尚も台座に向かって突進していくクーカ。「くそっ! 小娘がっ!」 モニターの所に居た男が立ち上がって拳銃を撃って来た。しかし、クーカには当たらない。銃弾を右に左に避けながらクーカは男に迫っていく。「何故、当たらないんだっ!」 男は尚も引き金を引き続ける。しかし、銃弾はクーカの身体を捉える事無く床に後を残すだけだった。弾道が見えるクーカには無意味な行為だ。「悪鬼め……」 男の懐に飛び込んだクーカは右手のククリナイフで男の腕を薙ぎ払らった。それから、左手の銃で男の顎下から撃ち抜いた。 男は仁王立ちの状態からゆっくりと倒れていった。クーカはそのまま男の影から右奥の男たちを銃で撃ち倒した。 右奥に居た男たちはアサルトライフルを構えていたが、クーカが倒した男が邪魔で撃てなかったらしい。その

  • NAMED QUCA ~死神が愛した娘   第37-0話 偽りの施設

     工場の入り口。 ここに来るまでに妨害行為は皆無だった。工場内に兵力を集中させたと見るべきだろう。 工場の入り口には監視カメラが有った。クーカはカメラに向かって携帯電話をかざして何やら操作した。(よし…… これで時間が稼げるっと……) 彼女は強力な赤外線を放射させて、監視カメラのCCD部品を飽和させたのだ。 こうすると自動回復するまで暫くは時間が稼げる。外国の強盗団が良く使う手口だ。 普段なら銃の形をしたアイテムを使っている。だが、今回は日本に持ち込む暇が無かった。(確か…… この辺よね……) 彼女はエレベーターホールに辿り着いた。そして、ホールの隣に有る掃除用具などがある備品室に入り込んだ。 クーカは保安室で見せて貰ったビルの設計図を覚えていた。 五階にあると言う秘密エレベーターの入り口に行く気は無かった。敵が待ち構えているのは分かり切っているからだ。(入るのに手間が掛かるのなら、壁に穴を開けてしまへば良いのよ……) 彼女はショートカットするつもりなのだ。別に友好的な訪問をしに来た訳では無い。真面目に敵の希望通りに動く必要も無いだろう。 背中に背負ったウサギのナップザックを降ろして中から四角い粘土のような物を取り出した。(加減が難しいのよね……) 壁に粘土のような物を張り付けていく。映画やドラマでお馴染みのC4爆薬だ。自在に形を変えられるので、こういう作業には向いている爆弾だ。(ん?) 爆薬を壁に張り付けていると、エレベーターの動作音が聞こえて来た。(誰か降りて来る……) いきなり監視カメラが使えなくなったので様子を見に来たのであろう。「……」 仕掛け終わったクーカは爆弾を爆発させた。爆弾の爆風は動作していたエレベーターの安全装置を作動させ停止させてしまった。(これで何人かは閉じ込める事が出来たっと……) 懐から降下用器具を取り出し、エレベーターのワイヤーに固定した。これを使って一気に降りるのだ。爆破音が響いた以上は、敵に何が起きたのかは伝わってしまったはずだ。 固定を確認するとクーカは中空に身を躍らせた。降下器具はゆっくりとだが彼女を静かに地下へと降ろしていく。(地下には何人いるのかしら……) 降下しながらクーカは考えた。もっとも敵の数は彼女にとっては問題では無い。掛かってしまう時間の方が問題だった。だから、

  • NAMED QUCA ~死神が愛した娘   第36-3話 闇に紛れる者

     道半ばまで来た時に不意にクーカが立ち止まった。工場入り口までは一本道だ。迷うような場所では無い筈の場所だ。「右に三人…… 左に二人…… 化学工場に狙撃者が一人いるわ……」 クーカがそう呟いた。「……」 目を凝らしたが先島には見えなかった。 不意にクーカが空中に何かを放り投げる。次の瞬間。辺りは閃光に満たされた。 彼女が使ったのはスタン・グレネードにも使われる、アルミニウムと過塩素酸カリウムで練り込んだお手製の閃光手榴弾だ。きっとヨハンセンが作成してくれたものであろう。 襲撃されるのが分かっているのに暗くしている理由は暗視スコープを使用しているからだ。クーカは相手の視覚を奪って有利に事を運ぼうとしていた。(いやいや…… 先に言ってよ……) 先島が閃光に戸惑って立ち止まっていると、通用道路の右側を目指してクーカが走り出した。走ると言うよりは飛び込んでいくと言う方が合ってるのかもしれない。それと同時にククリナイフを外套から覗かせているのが分かった。「うぐっ」「そっちに行ったぞっ!」「ぎゃっ!」 声を掛ける間もなく暗闇の中から叫び声が聞こえた。銃声が聞こえない所を見ると相手が構える前に始末をつけているらしい。「仕事が早いな……」 先島も弾かれたように左側の樹の根元に銃弾を送り込んだ。ほんの一瞬だが人が居る気配がしたからだ。「ぐあっ!」 樹の根元に居た一人に命中した。目線を上に向けると樹の上にもう一人居るのに気が付いた。 上半身を起こしている。狙撃するつもりがいきなりの閃光で気が動転していたに違いない。無防備な状態で顔から暗視スコープを外そうとしているらしかった。 先島は続けざまに銃弾を送り込んでやった。樹の上の男はスローモーションのように落ちて行った。 その様子を見ていたクーカは先島に近寄ろうとした。すると。ヒュンッ クーカの耳元を何かが通り過ぎ、傍の樹木に弾痕を作った。狙撃されたのだ。(そういえば狙撃手が居たわね……) 足元を見ると倒れた男はライフルを持っていた。クーカはそれを拾い化学工場に向かって立膝で構えた。狙撃手を片付ける為だ。 大体の所に狙いを付けると引き金を引く。自分の狙撃銃では無いので撃ちながら調整する為だ。 一発目。(左に逸れている……) 二発目。(右に逸れた……) 三発目。(これでお終い……

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